仏英運用記 その③~ウェールズ2日目

ウェールズ1日目の夜はBedlinogという小さな町のBedlinog InnというB&Bに宿泊。とても印象的な町でした。Facebookに投稿した拙稿を引用します。

イギリスに渡り、妻子を娘の友人宅に託して、ひとりで文字通りふらふらとウェールズに来ている。ネットで検索して「この辺はどうだろう」と思って探し当てたB&Bは、メインストリートがおそらく1000メートルもないとてもとても小さな村にあったのだが、併設されているパブは意外にも大音響の生演奏が流れ、若者で溢れかえっている。しばし躊躇し、思い切って入ってみると、スタッフは親切だし部屋もとてもキレイである。

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どうも東洋人は私ひとりのようであり、邪魔にならないようにレストランの隅っこで、売れ残っていたハムチーズバーガーとポテチをエールで胃に流し込みながら、このBedlinogという名前の村について検索してみると、かつては炭鉱で栄えた町で、1930年代は共産主義者が多く”Little Moscow”と呼ばれたなどという意外な記事が目に飛び込んでくる。しかし炭鉱閉鎖後はさびれ、今では職を得るのもむずかしいという。ビールを注いでいるこのお姉さんたちは、選ばれた人たちなのだろうか、今日は日曜日なのだが、肩を組んでいる青年たちは、明日は何をするのだろうかなどと、余計なことを考える。

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21時近くになってもまだ明るいので、店の外に出てみる。店の前のバプテスト派教会は放置されているのだろうか。議会選挙は無投票当選だったらしく、ウェールズ語と英語の告知文がが貼られている。長屋のような家の窓に、”Home is where our story begins”とあるので、”What kind of story do you have now?”と尋ねたくなる。意外にも車通りがある。

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半袖では寒いので、早々に部屋に戻る。パブの生演奏はまだ続いている。

Bedlinogの人口は1400人らしい。

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人がいれば、それぞれの生活があることが愛おしい。

さて、一晩明けてさらに車を北に走らせると、牧場のような、草原のような景色が広がっていきます。すると、車を数台停車させることができそうな広場がみつかったので、ここにアンテナを展開することにしました。1日目とおなじ、ATUをつかったデルタループです。
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展開したデルタの先は、捨てられていたソファーにくくりつけています。
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ヒツジの群れが通ります。ちょっとゴミが多い。ヒツジの落とし物もいっぱい・・。P_20170814_115531_vHDR_Auto.jpg

MW/AC1AMのコールサインで、JT系を中心に運用しましたが、ものすごい局数、ウォーターフォールがぐちゃぐちゃです。P_20170814_143135_vHDR_Auto.jpg

JT65でCQを出し、呼んでくれた局にコールバックしても別の局に呼び倒されて、なかなかQSOが成立しません。JT9やT10に逃げました。また思い切って、JAでは運用したことがないFT8に初挑戦しました。JT65でJAからEU各局をコールするときは、EU側ではものすごいQRMであることを念頭に置く必要があると思いました。

ウマも寄ってきましたw ごめんエサはないんだよw
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この場所で1日遊び、35局とQSOすることができました。内訳は以下のとおりです。

17m JT65 9局
20m JT65 13局、JT9 10局、T10 1局、FT8 2局。

JAとは20mのJT65で1局、T10で1局、JT9で3局でした。JA側の設備に助けていただきました。

(2017-10-09 記)

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